ぼくを変えた『LOVE MY LIFE』

こんにちは!

『FTMつよしくんの気になる言葉を考えるよ』ブログにお越しくださいましてありがとうございます!

 

久しぶりの更新となってしまいましたが、のんびり行きましょう(笑)

今回はぼくを本当の自分へと導いてくれた大切な作品についてお話ししようと思います。

  • 悩んでいた頃
  • 本当は観てみたかった世界
  • 『LOVE MY LIFE』という映画
  • まとめ

 

悩んでいた頃

今までの記事でもさんざんお話してきましたが、ぼくも最初から自分がFTMであるということを受け入れられたわけではありません。

むしろとても嫌でした。もちろん、セクシャルマイノリティの人達を知らなかったわけではありません。そういう人に対して偏見を持っていたという気持ちもありません。

性はレインボーで表されるように十人十色です。ぼくは自分と全く同じ性的観念を持つ人間に会ったことがなかったんです。

だから、メディアで触れるセクシャルマイノリティの人達と自分が同じだとは思えなかった。リアルに感じられなかったんですね。

だから、やっぱりぼくだけ頭がおかしいんだと思ってました。

もう少し大人になればみんなと同じ女になれるんじゃないかとか、自分は何者なんだろうとか。とにかく、どこにいても何をしていても自分に自信がなかったし心から満たされることがなかったように思います。

そんなぼくに転機が訪れたのは18歳の頃です。ちょうど大学生になった頃。

女性に興味津々だった思春期を何とか乗り越えたぼくは、制服を脱ぎ捨て、少しだけ落ち着き始めていました。ある種の達成感だったんでしょうね(笑)

その大学で後に付き合うことになる女の子と出会います。その出会いがぼくを大きく変えてくれたのですが、すんなりは変わりません。さすがに(笑)

それまで抑えていた自分への疑問と少しずつ向き合うように、というかもうそろそろ逃げられなくなってきたな、と言う状況ですよね。

その時期はものすごくふさぎ込んでたくさんの本や映画を観ました。その時に出会った作品が今回お話しする『LOVE MY LIFE』です。

 

本当は観てみたかった世界

そういうFTMは多いかもしれませんが、ぼくは最初自分のことを同性愛者かもしれないと思っていました。

レズビアンなのだと。語弊を恐れず言いますが、ぼくは昔から本当に女性が大好きだったのでね(笑)何で女の人はこんなに美しくてきれいな生き物よりも男を選ぶんだろう?と本気で疑問に思っていたんですよね。ぼくにとって女性を愛することはとても自然なことでした。そして、自分がその女性たちと同じだとはどうしても思えなかったんです。

だから、レズビアンかもしれないと思っても全くしっくりこない。しっくりこないし、やっぱり自分がマイノリティだと思いたくない気持ちが強かったです。とても怖かったんですよね。人の道を外れる、みたいな。そういうイメージがありました。

でもとにかく興味はあった。本当のぼくに出会えるんじゃないかと、本能がそこにぼくを連れて行ったような気がします。

そんな時にたまたまレンタルショップで出会ったのが『LOVE MY LIFE』です。この作品はDVDのジャケットがとてもオシャレでかわいくて、とにかくとっつきやすかった(笑)

この映画は2007年11月のカナダモントリオール国際LGBT映画祭で賞を受賞していたので、その特集としてレンタルショップで前に出されていたんですよね。厳密には覚えていませんが、その店のポップに『女の子同士の恋愛』というフレーズが入っていて、とにかくくぎ付けになったのを覚えています。

そんなわけで、勇気を出して借りて帰宅してすぐに観たのを覚えています。

本当はセクシャルマイノリティの世界に興味があったんだと改めて自覚したし、そのことは何も悪くないんだよな、とはっきりと自分の欲望を受け入れられた初めての瞬間だったように思います。

 

『LOVE MY LIFE』という映画

やっと映画の話ですね。(笑)

この映画、今をトキメク高橋一生さんもゲイの学生役で出てるんです!

本当にめっちゃ良い役なので高橋一生さんが好きな方にも是非観てもらいたい映画ですね。

この作品は先ほども言ったように、ジャケットがとてもオシャレで同性愛みたいなシリアスになりがちなテーマなのにめっちゃポップに描いてる作品だったんですよね。いや、本当にたまたまこの作品に出会ったんですけど、運命だなって今でも思ってます。

話は、主人公の女の子『泉谷いちこ』とその彼女『エリー』の二人の成長物語。随所で出てくる二人の吉祥寺でのデートシーンがぼくはとても好きで、女の子の楽しみ方をリアルに表現しているなぁという感じです。いやらしくない爽やかさがあって、とてもリアルに感じました。なぜなら、ぼくも彼女と過ごす時は、いちことエリーのようにとても自然に楽しく笑っていたからです。皆さんは同性愛のイメージってどんな感じですか?

確かに秘密にすることもあるとは思いますが、ずっと何かに悲観したようにシリアスな顔をして過ごしているわけはなくて、親友同士のようなナチュラルな空気で過ごしているんですよね。とにかくあなたが好きなんだ、という気持ちだけでそこにいたような感じです。

映画を観て、『あれ?』と思いました。自分が思っているよりもずっとこの世界は近くにあるんじゃないか?別に何も違わない世界なんじゃないか?と。

映画の最後のシーンで、『誰のせいでもない、私の感覚は私が作っている』みたいなセリフがあるんですが(うろ覚え)、それもとても気に入っているセリフの一つです。

ぼくは自分が感じることをいけないことだと思っていました。でも、これを見て、まずは自分が何を感じていて、どうしたいのかちゃんと自分と対話しなきゃいけないんじゃないか?って思えたんですよね。

ぼくが何者か、じゃなくて、ぼくはどんな人間になりたくて、どうやって生きていきたいと思っているのかを自分自身に聞いてあげなきゃ、と。

でもその為には、女である自分を認めなければならなかったし、女である自分を認められない自分を認めなければならなかった。それはとても苦しい作業でした。

でも、またこの映画のエリーのセリフに救われたんです。

『ねぇいちこ。よーく考えると、この世界は一番嫌なもののおかげで成り立っていると思わない?』

パパの恋人に会ったいちこにエリーが語り掛けるセリフです。

いちこは、自分がいなければパパの恋人はパパを独占できたかもしれないから、もしかしたら彼は自分を憎んでるのかもしれないってエリーに言うんです。

そしたらエリーが、『いちこがいなかったらきっとその人パパを好きになってないよ』って言って、さっきのセリフを言うんです。

このセリフは今でもぼくの心に刻まれています。

こうじゃなきゃ良かったのに、と思うことほど実は、なくてはならないことだったりするんですよね。

ぼくはFTMであることに納得していますが、今FTMであることと男性の身体であることを選べるならば、やはり男性の身体を選ぶでしょう。

納得していたって、満足できるわけじゃない。でも、よく考えると、FTMじゃないぼくはもうぼくではないんですよね。

FTMだったからこそぼくは女性に対して理解できることがたくさんあるし、相談してもらえることもたくさんある。生理痛の悩み相談だってぼくは受けられます。痛みがわかるからね(笑)

男性とだって、もちろん男性特有のものはぼくにはないこともあるのでわかりませんが、FTMのぼくだからこそ男同士の話で笑える話がある、語り合えることがある。

ぼくはそういう仲間と楽しくいるとき、自分を誇りに思います。

一番嫌だと思っていることが、一番大事な部分を形づくっているんですよね。

 

FTMでなければ、ぼくはぼくではない。

 

それを、エリーが教えてくれました。

レンタルショップで借りてから、一週間毎日観て、結局DVDも原作漫画もサントラまで購入して今でも大切にしています。

この作品はぼくにとっては一生大切な作品なんだと思います。

 

まとめ

さっきの項目でまとまった感はありますが(笑)

音楽や映画、アートってぼくはとても大好きなんですが、同じ作品でも触れた時の自分によって感じ方がいくらでも変わるというところがとても好きです。

だから少しでも自分に引っかかったら、何度でも触れたいと思う。

たまに思い出すように棚から引っ張り出して懐かしむと、懐かしんでいるのに全く新しい新鮮さに出会えたりします。

『LOVE MY LIFE』もぼくにとってはそういう作品です。

とても触れやすい作品ですので、観たことがない方は是非!おすすめです!

ぼくはこの映画を観て、ものすごく吉祥寺に憧れました(吉祥寺が舞台だったwww)

ぼくは百合作品が大好きでもあるので、また感想文を書こうと思います。

それではまた!

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